青と赤と紫…と藍
投稿日:2014/02/10カテゴリー:お知らせコメント:コメントはまだありません
皆様、久しぶりの大雪でございました。
東京では45年ぶりだとか。
北国、雪国の方たちはごく当たり前のことなのでしょうが、
私にとっては特別なことで、
だからこそ子どものときは雪が降るだけで大はしゃぎ、
庭で駆け回る犬状態
だったのですが、いつからでしょうね。
今ではすっかり、
炬燵で丸くなる猫状態ですわ!
とにかく皆様、お気を付けください。
さて、書きたいことは積もる雪ほどあれど中々更新できずにいる炬燵猫の私です。
つくづくこういう日記的なものは向いてないんだなぁ~と。
今回書かせていただくことも、本来ならもっと早く書くはずだったのですが今になっちゃった。
これからも更新は遅いですが暖かく炬燵のような気持ちで見守ってくださいまし。
ということで、今回書くのはズバリ、
手ぬぐいです!
落語家は新年になりますと、
お得意様や落語家同士で“手ぬぐい”をお年賀で配ったり交換したりします。
昔はお店なんかも新装開店や年始のご挨拶などに配っていたそうですね。
その慣わしが我々には残っているわけです。
よくお客様に、
「手ぬぐいって買うのはいいけど何に使うの?」
と聞かれますが、なんでもいいんですよ。
煙草入れや財布にもなりますし、手紙だとか、お札にだって・・・、
冗談です!
そんなこと素人さんにやられたらたまったもんじゃございません!
ですから普通に、ごく普通に使っていただければありがたいです。
ふきんや、ハンカチ、前掛け、ハチマキ、何かをくるんだり・・・、
とにかくお気軽にお使いください。
しかし昨今、和物のプチブームで手ぬぐいの用途や価値感もだいぶ変わってきたように思います。
昔はそれこそ、ふきんなど日常で“使う”消耗品だったわけですが、
今は日常的に“使う”だけでなく、
飾ったり、ちょいと小粋なお洒落グッズとして持ち歩いたり、縫って小物にしたりと、
“ファッション”的要素が大きくなってきているような気がするのです。
デザインも古典的なものだけでなく、今風なカッコいいもの可愛らしいもの、キャラクターもの、
ふきんにしたら勿体ないようなものが増えてきたように思えます。
私も手ぬぐいや風呂敷などを見るのが好きで、年始の手ぬぐい交換を楽しみにしております。
そしてこのサイトをご覧いただいている方、
私の落語会にいらしたことがある方たちはご存じだと思いますが、
私は毎年違うデザインで手ぬぐいを作り、それを、
売っちゃってます!
と言っても、売ってるのは私だけではありませんが・・・。
本来落語家の手ぬぐいというのは熨斗をつけて差し上げるもので、売るものではないのです。
ですから、
「手ぬぐい売ってんの?ヤボだねぇ~」
と、おっしゃる方もいらっしゃると思いますが、
胸を張って言いましょう!
売っちゃってます!
ヤッボ~~~!笑
でも何と言いましょうか。
言い訳みたいですが、本当は売るというよりもオリジナルの手ぬぐいを作りたいんです。
良い物を、こだわったものを作りたいというのが本当の気持ちなんです。
当たり前ですが作るにはお金がかかります。
手ぬぐいというのは基本、“プリント”ではなく“染物”です。
私がお世話になっている日本橋の戸田屋商店さんも創業140余年の、
梨園染
歌舞伎や舞踏の方たちが使っていることからその名前がついたとか。
お職人さんが一本一本“注染”という技法で染めた“本染め”(プリントではないもの)です。
そこにはプリントではなく染物ならではの、
そして、紙ではなく布ならではの制約というものがあるのです。
その制約と自分のこだわりとをクリアしていくとそれだけコストもかかっていくのです。
「そのお金ワシが出してあげようか、可愛い子ちゃん?」
という素敵なパパも私にはおりません。
なので生々しい話、売っちゃって次の手ぬぐい代を稼いでいるわけなのです。
ですが、販売するからにはちゃんと“こだわった”ものをご提供したい!
って通販番組みたいになってきましたが・・・(-_-;)
今のところ私なりにこだわった納得のいったものをご提供できていると思います。
なので胸を張って、
ヤッボ~~~!
と言えるわけでございます。
ただ、悩むのはその“デザイン”です。
らしく言えば、
“柄”
です。
近年私の好みも変わってきました。
また和柄を知れば知るほどそのレベルの高さに驚きます。
そして、好みや納得のいくものをと考えていくと、
自分の才能では限界がある
と感じたわけでございます。
なのでこう思ったのでございます。
誰かにやってもらおう!
私は本当に助けてくれるクリエイターの方たちに恵まれております。
一緒に「しのはちぐるみ」をやっている映像クリエイターVJコミックカットさんもそうですし、
チラシをデザインしてくれている藤田治さんもそうですし、
去年の手ぬぐいをデザインしてくれた棚澤英恵さんもその一人です。
棚澤英恵さんはもともと私がとある教会で英語落語をやったときに知り合いました。
この私が英語落語ですよ・・・。
しかもお客さんが日本以外の方たちもいるわけです。
まずその方たちに「落語とはなんぞや?」という説明をしなくてはいけません。
弟弟子の志の春くんでしたら自分で落語も説明も自分でできるのでしょうが、
なんせ私です。
胸張って言いましょう。
無理だんべ!
そこで、落語を知らない日本人以外の方々にむけて通訳してくれたのが、
英語が得意な棚澤英恵さんだったのです。
その彼女が英語だけでなく絵を描いたり芸術もやっている方だと知りまして、
作品も見せていただきましたら、まあ~、
素ン晴らしい!
とにかく感性が素ン晴らしい。
当たり前ですが私ではできないであろう世界がそこに広がってるわけでございます。
早速私のロゴを依頼しました。
それがこのサイトの上にあるカボチャに乗った蜂、
志のビー
です。
去年は“志のビー”元年ということで、
“志のビー”を使ったもので手ぬぐいもデザインしてくださいと依頼しましたら、
とっても素敵な手ぬぐいをデザインしてくださいました。
たたみ方でいろんな表情を見せる手ぬぐいで、すごい気に入ってます。
やっぱり人にやってもらって良かった~。
と心から思いました。
佐村河内さんもこんな気持ちだったんだろうな~。
そしてありがたいことに今年の手ぬぐいもデザインしてくださることになりました。
先にも書きましたが、最近好みが変わってきた私。
以前は、“面白い”というか“インパクト”が強い柄を好んでいたのですが、
今はなんとなく和柄のような“幾何学的”なものや、“さりげない”模様の美しさが好きになってきました。
日本の古典柄、模様、紋など昔からあるデザインされたものは、
本っっっっっっっっ当にスゴイ!
見た目の美しさだけでなく、その奥にちゃんと意味がある。
またその意味を押し出しすぎてないので、ちゃんと模様として見られるわけですよね。
美と意味とのバランスが絶妙だからこそ、その姿は、
パねえ!(半端ではございませんの意)
マジ、パねえ!(誠に半端ではございませんの意)
わけです。
落語家は手ぬぐいを煙草入れ、財布、紙、お札、いろんなものとして高座で使います。
なので“さりげない”ものだからこそ、いろんなものになるんですよね。
というわけで、
「そんな手ぬぐいが欲しいで~す!」
と、なんともスゴイ依頼をしちゃったのです。
でも仕方がないですよね。
自分じゃ出来ないんですもん。
今思えばずいぶん簡単にお願いしちゃったな~と思います。
さぞ大変だったことでしょう。
ですが、とっても素敵な手ぬぐいをデザインしてくださいました。
まずは見てもらいましょう!
こちらが棚澤英恵さんがデザインしてくださいました“2014年度版の手ぬぐい”です!
三色もあるよ~~~!
いかがです?
え?
意味合いがよくわかりませんか?
では“さりげない”のが好きな私だけにその意味合いを、さりげなくお教えしたいと思います。
が、
それにはちょいと長くなりすぎましたので次回のブログで、
たっっっっっぷり
お教えいたします。
※戸田屋さん、VJコミックカットさんも生志師匠からご紹介していただきました。
師匠!本当にありがとうございます!
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